04 販路拡大

高度経済成長の時代、
販路拡大と製造拡大に向けて邁進

 活路を見出し、販路を拡大

 1950年(昭和25)の朝鮮戦争勃発による特需によって産業は活気づき、時代は神武景気、岩⼾景気、いざなぎ景気と⾼度経済成⻑期へ突⼊。特に⽩⿊テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機は「三種の神器」といわれ世の中に普及します。⾷品業界に着目すると1958年に最初の即席麺が発売されて⼤ヒット、1960年にはインスタントコーヒーも登場し、インスタント⾷品時代の幕が上がります。胡麻業界においては、1962年にごまが輸⼊⾃由化となります。
一方、㈱四⽇市製油場は時代の流れに反して非常に苦しい状況に陥ります。1959年の伊勢湾台⾵で大きな被害を被ったのです。それでも東京オリンピックが開催される1964年には東京営業所を開設し、販路拡大を目指します。しかしながら、年間売上3〜4億円と芳しくない現状が続きます。この状況を打破するため当社が目を付けたのが、中華関係の販売先です。当時は他社が⼿を伸ばしていなかったため、中華に活路を⾒出したのです。さらにインスタントラーメンブームの波に乗ってラーメンメーカーへの積極的な売り込みや、1970年頃からは⼀般業務⽤⾷材卸業者への売り込みも強化します。結果、売上は順調に伸び、1970年代に入ると大阪営業所・仙台営業所・福岡営業所と主要都市に新たな営業拠点を開設。さらなる販路拡大に拍車がかかります。


1950年代の製品ラインナップ


1950年代の製品案内


1970年頃の斗缶充填の様子


1970年頃の升缶充填の様子

空白

 ごま油に続く、新しい商品

 販路拡大を目指す取り組みは、営業拠点の広域化だけではありません。新たな商品として「いりごま・すりごま」の販売に着手します。1965年12⽉、搾油⼯場内にラインを設置し、⾷品ごまの製造を始めます。「洗いゴマ」「いりごま」は発売したものの、当時の設備では⽯や夾雑物の混⼊クレームが頻出してしまいます。そこで、翌年には本格的な⾷品⼯場を建設し、⼯程の⾒直しや設備投資による品質向上を図ることで安全安心な食品ごまの提供を実現します。また、1971年には「ねりごま」の製造販売を開始。栄養価が高いねりごまは、健康⾷ブームに乗って売り上げを伸ばします。
 尚、1968年に㈱四⽇市製油場は、九⻤家の事業統合と合理化により九⻤産業株式会社と改称します。